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意識と心づくりとルール
 ニューヨークの地下鉄は、かつて犯罪の巣窟といわれていた。当時、無賃乗車が頻繁に発生し、壁には落書きが絶えず、強盗やレイプが多発していた。あるとき、警察が立ち上がり、徹底して無賃乗車を取り締まり、公社はいたちごっこを繰り返しながら、めげずに忍耐強くひたすら落書きを消し続けた。数年かかって、無賃乗車はなくなり、落書きもなくなり、同時に治安も回復された。
 日本電産の永守社長は、M&A先の23社の再生を通じて、次のような感想を述べている。業績が悪化するのは会社が病んでいるからだ。会社が病むのは、社員の心が病んでいることに他ならない。社員の心が病むのは社長の人身掌握力や実行力が欠如しているからだ。自分は社長だ部長だと地位で人を動かし、業績が悪化しても責任を取らない。社員の士気は下がり、社長に対し不満を持ち、不安と不満の繰り返しで、業績はどんどん悪化する。
 社員がヤル気をなくすと、まず会社を休んだり遅刻したりするようになる。23社で出勤率が高かった会社は1社もない。良くて90%、悪いと80%台前半だった。三協精機も90%を割っていた。
 次に、工場や事務所が汚くなる。整理、整頓、清潔、清掃、しつけ、作法の6Sが悪化してくる。6Sが悪くなると、3Q(社員、製造、会社の質・クオリティ)も落ちる。三協精機の6S3Qは100点満点で5点だった。
 「休まずに来てくれ」「工場をきれいにしてくれ」とこちらから頼んで歩いた。休まずに来て職場をきれいにするという当たり前のことを粘り強く求め、社員の心を再生し、会社を再生していった。

■変革は細部に宿る
 ロスやミスなどのトラブルが起きやすい職場は、たいがい汚れていることが多いし、植物に水をやらないことも多い。生きものに水をやる気遣いのない人間が、良い製品を作っているとは到底思えない。また、生きものに水をやらない人間が部下(の心)を掌握しているとは到底思えない。生きもの(心)が枯れてから水をやっても、もう手遅れなのである。結局、全てがここにつながってくるのである。
 日本電産の例では、本来なら、遅刻が増える、たまに休むといった初期症状のうちに、上司が適切な対応を打てば問題なかったのだが、部下が休もうが遅刻しようが上司が放っておくから、社員は罪悪感を感じなくなり、徐々にそれが当たり前になっていった。6Sも気づいたその時その場でやるように指示しないから、汚れていても気にもならなくなり、徐々に当たり前となっていってしまった。結局、社長・上司のモラルレベル、意識レベルの低さがこのような社員の気のゆるみを放置し、悪い習慣を許し、結果的に社員の心が病んでいった。
 原因があって結果があるとすると、社員の心の病は結果のほうに当たる。結果のほうに改めてスポットを当てて変革に取り組むことによって、原因になっていた社長・上司のモラルレベルや意識レベルも変革させることができる。別の言い方をすると、細部の変革に取り組むこと自体が、すなわち社長・上司のモラルレベル・意識レベルを変革させる。
 ニューヨークの地下鉄の例でも、原因があってその結果として様々な形で表れたところに対して、正しい方向へ正しい行動を忍耐強く続けたことで社会的臨界点を超えたため、社会現象として、正しいことが冷笑される風潮が全く逆方向に変わった。その結果、今まで笑っていた人間も流れの変化に乗り遅れまいと必死に着いて来るようになった。

■心づくりとルール
 汚れた職場、荒れた街、無秩序の中にいると、人間の心はどうしてもすさんでいく。逆に、きれいに清掃してある場所にいると、心が晴れやかになる。実に単純なことであるが、身だしなみ、整理整頓といったことは、心の働きに大きく影響を及ぼす。
 たとえば、トイレのスリッパを整えて出る、靴をそろえる、椅子を入れる、「はい」「こんにちは」という元気な返事、清潔な身だしなみ、真っ直ぐの正しい姿勢――。人間は、こうした基本的な態度が身につけば、自ずと心がきれいになり、素直に教えを聞き入れて、真剣にやろうという気持ちになる。その結果、少しずつ人間の幅ができていき、様々な能力が高まっていく。
 まず最初に、他を聞き入れ、学ぶ姿勢をつくることが非常に重要となる。心のコップが下向きでは何も入らない。まず、上に向けて、人として学ぶ器をつくることが先決である。
 サッカー日本代表のトルシエ元監督は就任会見で「日本選手をまずジェントルマンにする、態度を徹底する」と宣言していた。その言葉通り、食事の時間にきちんと集合するように食堂の前で選手を待ち、一人ひとり服装をチェックし、挨拶を交わすことから始めた。トルシエ元監督にとって、時間を厳守し、身だしなみを整えて、規則正しい生活をすることが勝利の前提条件だった。
 会社においては、服務規律というかたちで社員にしかるべき態度を求めているが、具体的なようで、今ひとつ細部にまで及んでいない。心のコップが真っ直ぐと上を向き、いい状態で保持できるようにすることを目的として、服務規律とは切り離して、細部をうたったルールをつくり、部下も上司も社長もそのルールを尊重し守っていくことで、それぞれが正しい心づくりを目指し、組織の質を高めてもらいたい。

〔平成16年の当社発行『経営人事レポート』の記事より掲載〕

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